ちょっと待った!は通用しない 〜神保良介Blog〜

役者・神保良介の出演情報やその他諸々。

2016年06月

先日、彩の国さいたま芸術劇場で『尺には尺を』を観た。

さいたま芸術劇場でもシアターコクーンでも、そろそろ開演かな、という時刻になると、僕は客席の一番うしろを振り返る。
そこに蜷川さんが座っていれば、「ああ来ている、終演後に楽屋で挨拶できるかな」と思ったし、いなければ「そうか、あの芝居の稽古中だもんな」と思った。

その日もまた、条件反射のように客席のいつもの場所に目が行った。
いつも演出家が座って開演前の客席を見つめていたその場所には、写真立ての中の蜷川さんが客席と舞台を見つめていた。
その時初めてはっきり認識できた気がした。
劇場にも稽古場にも、やっぱり本当にいないのだ、と。


僕にとって最初の演出家で、何の訓練も受けたことのない、バックグラウンドもなにもない陳ねた19歳にも蜷川さんは場を与えてくれ、真剣に接してくれた。
素晴らしいことも、ひどく理不尽なことも、いろいろなことがあった。
7年間、蜷川さんの下で学び続けた。役者としても、人としても。

5月12日にニュースで知って以来、何度か実感が湧きかけたが、劇場へ出掛ける支度の時だったり、楽屋で一息ついた瞬間だったりで、堪えて押し留めた。
そんな精神状態になったあとで果してちゃんと仕事が出来るか自信がなかった。

お通夜に参列させて頂いて、蜷川さんと対面させてもらえた。
初めて面と向かってお礼を言うことが出来た。
けれど、それでもどこか現実感は乏しくて(公演中の昼の舞台を終え、そのあとの稽古を早抜けさせてもらい劇場から駆けつけたからかもしれない)、なんだか受け止められないでいた。


蜷川さんが亡くなって二週間経った日、翻訳家の松岡和子さんが『ヘンリー六世 三部作』を観に来られた。
僕はウォリックという役で出演していた。
終演後に舞台裏に来てくれた松岡さんは、「よかったわよ神保くん!」と褒めて下さり、続けて「蜷川さんに見てもらいたかったな、ってね、観ててふっと思ったの」とニコニコしながら言って下さった。
うれしさとさびしさが不意にこみ上げて胸が詰まった。 終演後でよかった。

蜷川さんの下を離れてから9年近く経つが、常に自己点検の基準としてきたのが「この演技を蜷川さんに見せられるかどうか」だった。
「どんな演技したっていいんだよ、俺を感動させてくれれば!」という言葉がずっと残っている。


『尺には尺を』のカーテンコールには舞台の上から大きな蜷川さんの写真が降りてきて、満員の客席は立ち上がって蜷川さんと、その意志を継いで舞台を作り上げた俳優、スタッフ、関係者の皆さんに拍手を送った。
幕が下りて人々が出口へ向かう中、僕はもう一度客席の一番うしろをふと見た。
もう写真立てはそこにはなかった。

自分を含め、蜷川幸雄という演出家に触れることの出来た人間は、あの人の熱意や、繊細さや、厳しさや、闘争心を、それぞれの形で受け継いでいくのだと思う。
稽古場や劇場やいろいろの現場で表現と向き合う時、そこには写真立ても何もなくても、どこかから厳しくて優しいあのまなざしが見ている。





5月の公演の休演日にApple Musicで蜷川演出作品の楽曲プレイリストを作りました。
公演期間中の緊張感を保ちつつ、少しだけ思いを馳せたかったのかもしれません。
まだまだ加えたい曲はあるのですが、Apple Music内に見つからない曲も結構あって。
聴ける環境にある方はどうぞ聴いてみて下さい→コチラ
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『カクシンハン版 リチャード三世』、そして『ヘンリー六世 三部作』は全公演終了しました!

ご来場下さった皆様、小劇場で長丁場の芝居にお付き合い頂き誠にありがとうございました!

カクシンハンはこれまでもいろんなムチャをしてきましたが、今回ばかりは、よくもまあこんな無謀な企画を考えたな、そしてどうにかこうにかやり遂げたな、と出演者ながら感心、感動します。

しかも好評で最後の数日は満員御礼でした。
カーテンコールでダブルなんて小劇場では珍しいし、ましてやトリプルになるなんて聞いたことないです。

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3月の頭から歴史劇漬けで、気づけば5月も終わりました。

よその国の王やら貴族やらのお話なのに(そしてぶっちゃけ戯曲としてそれほどいいわけでもないのに)、演じてみたら面白くて、現代のお客さんの気持ちを摑むものをたくさん内包してるのだから、流石シェイクスピア先生。

『ヘンリー六世』と『リチャード三世』を通し上演の日は、一日中芝居やってる感覚で「ああ、歌舞伎俳優さんの気持ちがちょっとだけわかった気がする」などと考えたりしましたっけ。

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↑ 開場前に各自ウォームアップの光景。

この長い歴史劇の日々もようやく終わったので、ようやく本を読んだり映画を観たりできるのがうれしい。

とりあえず今日は観られずにいた映画『マクベス』を観て、読めずにいた松岡和子さん新訳の『尺には尺を』を読んで、と。
どんだけシェイクスピア好きなのさ、自分。
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