ちょっと待った!は通用しない 〜神保良介Blog〜

役者・神保が身のまわりのことやら自分に起こったことやら考えていることなどを書き綴った、その記録。

2014年08月

1997年。
映画館に通ううちに演技というものに興味を持ち、高校で演劇部に入って初めて演劇の世界の存在を知った時期。

現代演劇を知る為にはプロの舞台を観ることだ、と考えた神保少年は、新聞や雑誌の記事を頼りに(何しろどれを観たらよいやらさっぱりですから)、東京の劇場に何ヶ月かに一度のペースで通うようになりました。
そこで強烈な観劇体験をしました。

第三舞台『朝日のような夕日をつれて'97』

パルコ・プロデュース『君となら Nobody Else But You'97』

この2作品を観て、衝撃を受け、芝居というものに夢中になったわけです。
数え切れないくらい演劇を観てきたいま冷静に振り返っても、なんと幸福な原初体験だったんだろうと思います。

多感な時期に演劇なんてものに触れ、その上こんな優れた芝居に出会ってたら、そりゃあなた、その後の人生、狂わされますよ。
観た後は軽く1週間は衝撃が消えず、余韻に浸ってました。

そんな思い出の二作品がいま、奇しくも再び上演されているのです。
どちらもあの時以来、17年ぶりの上演。

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KOKAMI@network『朝日のような夕日をつれて2014』。

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パルコ・プロデュース『君となら Nobody Else But You』。

もちろん観にいきました。

「そうそう、これ!」という、自分の原点と再会した、その懐かしさは格別でした。
そして、2014年の現在に再び作品の有効性を問おうとする、作り手の気迫もビシビシ感じました。
その渾然一体となった空気がなんとも言えない観劇体験でした。

『朝日のような夕日をつれて』、最高!
『君となら』、本当に面白い!

しかしどちらの公演も原初体験を上回ることはありませんでした(そんなことは不可能でしょう)。

でも、17年前、劇場の客席に座っただけで観る前から始まっていた高揚感、ひさしぶりにその名残りのようなものを少しだけ思い出すことが出来、あの頃からいまに至るまでのいろんなことも思い出すことが出来、もっと先へと進んでいこうと決意を新たにしたのでした。まる。
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カクシンハン『仁義なきタイタス・アンドロニカス』終了しました!
休演日なしの全14ステージの長丁場、皆でふうふう言いながら最後まで駆け抜けました。

小劇場で、シェイクスピアのそれほど知られていない作品で、2時間30分の芝居なのに、かなりの注目を集め、多くのお客さんが劇場に足を運んで下さったのだから驚きです。

これだけの人がいまの時代に、熱くて濃ゆい、極めて演劇的な作品に関心を持ってくれてるんだと思うと、なんだか希望が湧いてきます。

皆様、ありがとうございました!

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ディミートリアス役、髪型はサッカーのネイマール選手を参考にしたんですが、気付いた人いたかなあ。

カクシンハンと出会って『夏の夜の夢』『タイタス・アンドロニカス』と二本連続で出演し、稽古、本番合わせて約4ヶ月間、シェイクスピアの世界に生き続けました。
ずっとシェイクスピアと再会したいと思い続けていた自分にはなんとも嬉しい4ヶ月でした。

またいつかシェイクスピアと出会う日まで。
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いや、暑いですね! 新宿だから特にかもしれませんが。
そんな猛暑の中、ガンガン公演が続いています。

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劇中の1シーンより。よく見ると神保もいます。

先日は翻訳家の松岡和子さんが観に来て下さいまして、いたく気に入って頂いたとのことです。
以下、松岡さんが寄せて下さったコメントです。

シェイクスピアの台詞は俳優に演技の膂力(りょりょく)を与える――これが私の確信です。
顔の表情より、感情や声の抑揚より、しぐさより強い力、人を強く動かす力をシェイクスピアの言葉そのものが持っている。
カクシンハンの『仁義なきタイタス・アンドロニカス』を見た時、この舞台に立っている演技者たちはそれを体で知っていると思いました。
演出家の木村龍之介さんの「若い感性でシェイクスピアを新しく塗り替えてみたい」という野望を頼もしく思っています。

松岡和子


8月10日(日)まで公演中です。是非、お越し下さい!
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