ちょっと待った!は通用しない 〜神保良介Blog〜

役者・神保が身のまわりのことやら自分に起こったことやら考えていることなどを書き綴った、その記録。

2007年11月

そんなわけで、7日の初日に向けての稽古は佳境に入っている。
一日の過ぎるのの、なんと早いことよ。
あまり自分の持ち手ではないようなことを要求されるのは、刺激であり、挑戦である。

こうなると稽古以外のことにあまり手が回らなくなっていて、たとえば、少し前までは、稽古と並行して、とあるワークショップにも参加していて(自分の中でその2つがごっちゃになりそうにもなったのだけど)、懐かしい顔に再会したり、すごい演出家さんや才能ある役者さんと出会えたり、素敵な体験になったのだけども、そういうことを書くほどの余裕がないままに日が経ってしまって。
時間がないとなると、がぜんしたいことも出てくるものだ。前に書いたコンサートもそうだったし、『ブレードランナー ファイナルカット』も観に行けなさそうだし。

まあでも、たとえば、小栗旬くんの忙しさに比べれば、こんなの、てんでどうということはないぞと思って、日々、励んでいます。
まあ、なんだかんだいっても、そんな毎日が楽しいんですけどね。
もしよかったら観にいらしてください。
≪詳しくはコチラを≫
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今週、エルトン・ジョンが来日公演を行った。
自分にとっては子どもの頃からその曲に慣れ親しみ、コンサートも過去3度観に行った存在なので出来れば今回も行きたかったのだが、稽古があるためそれも叶わず、悔しいので最新のライヴDVDを衝動買いし、出かける前とか帰ってきた時にちょっとだけ見て、気分転換している。

やはりいい。観客もノリがいい(NYでのライヴ映像なので)。
日本の観客だと、大御所ミュージシャンの来日コンサートなどでは客層もどちらかというと上の人が多くなり、如何せん大人しく、行儀が良くなってしまい、全体として盛り上がきれない感じがあるのがいつも残念だ(べつに騒ぎゃあいいってもんでもないが)。
そこのところ、欧米の観客の大半は、ヘンに恥ずかしがらず、みんなで盛り上げて楽しい時間にしようとしているように見える(まあ、これも実際現場にいたら、すこし落ち着きません? みたいな人がいるのかもしれないけど)。
そこはお国柄なのですかね。日本でも地方で公演すると反応がすこし違ってくるのと同じように。
と思ったら、今回の来日公演では観客もかなり盛り上がり、良いコンサートだったそうだ。いいなあ。
ELTONDVD
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なんだか最近、ブログの文章を書く、というところまで手が回らない日々が続いていまして、しばらく空いてしまっていました。

ちょっと前の話になるけれど、『ムンク展』に行ってきた。以前、行ったら美術館が閉まっていたやつである。今度は開いていた(当たり前か)。
で、すごく刺激を受けた。絵画を鑑賞していて初めて本当に楽しくて、わくわくした。

なんでなんだろう。たぶん、ムンクさんの感性やセンスが好きで、どこか自分の資質に近いところがあるんじゃないかと思う。
ムンクというと『叫び』の、あの不穏なイメージがあるが(僕も今回見るまではそうだったが)、同時に幻想的で、理想の(と思われる)女性のモチーフを描いたような作品もたくさんあって、その両方をやっているのが、なんかいいのだ。

演劇は生で観るに限るメディアだが、絵画やはりも実物を見るに限る。
分かってはいたものの、今回しっかり実感した。美術館で興奮させられた作品を、後で何かに掲載されてるのを見たが、特に何も感じなかった。
実物の、あの大きさや質感てのは、やっぱり何ものにも変えがたいのだ。

満足して外に出ると、吹奏楽のコンサートが行われていた。
ドビュッシーの演奏はとても素敵だったが、そこはロダンの『地獄の門』の前である。なにかものすごい裏の意味がありそうな感じがしないでもない。
まあ、特に意味はないのだろうけど。
コンサート
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『カラマーゾフの兄弟』(亀山郁夫訳)読了。
前々からいつかは読まねばと思っていた作品だったが、新訳がなにかと話題になっているのを機にトライ。

う〜む、これはまたそのうち読み返したい、読み返さないといけない小説だなあ。
やはりこれだけボリュームがあって登場人物も多いと、全体像を把握してからの方がさらに深く、面白く読める気がする。一度読んだだけでは咀嚼できないことが多かったし、時間を置けばまた見えてくるものがだいぶ違ってくるはずだし。

感想というわけではないが読んで思ったのは、テーマやモチーフ云々は置いといて、この先が読みたかったなということ(続編は作家逝去により実現せず)と、人物の描き込みがすごいな、ということ。

前編にあたる本作だけでも傑作だと思うし(これだけでじゅうぶん長いし)、ストーリーもちゃんとひと段落ついて終わるのだが、でもやっぱり、「ここで終わり?」と思ってしまったのだ。
そしてこれは続きが気になるってことにも繋がると思うのだが、ひとりひとりの人物の描写が脇に至るまで本当に豊かで(だからこんなに長くなったんじゃないかとも思うのだが)、生い立ちから性格から過去のエピソードまで描き出し、本筋に戻る頃には何の話だったかわからなくなりかけたことも何度かあった。
それだのに、そこまで豊かに描いた人物が本筋にさほど絡んでこなかったりするから、ある意味贅沢なのだけれど、「あれ、この人やあの人については? もったいなくない?」と感じたのだ。

でも、この、脇役に至るまで細かなディテールや多面的な人物像が描かれているって、すごいことだ。
脚本・台本の場合、ここまで人物を描き込むことはその性質上、難しいだろうから、その肉付けは演出家、そして役者の仕事ってことになる。
それで考えたのは、役を演じるにあたって、役回りの大小に関わらず、この小説くらいに描きこまれた人物の造形を目標にしたいな、ということだ。
ドストエフスキー先生を見習ってね。
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