ちょっと待った!は通用しない 〜神保良介Blog〜

役者・神保が身のまわりのことやら自分に起こったことやら考えていることなどを書き綴った、その記録。

2007年05月

国会を見ていると、たまに「この人たちは真剣な振りしてその実、遊んでいるのではなかろうか」と思うときがある。
と今回は何やら挑戦的な物腰で書き始めてしまったが、僕が注目しているのは、どうしても意見の一致を見なかったり、納得いかなかったときに議員さんらが出る行為である。
例えば、議論がエスカレートするあまり乱闘がおきるってどうなのだろう。野球の試合じゃないんだから。議会っていうのは、暴力に訴えれば政治が動く、なんてことにならないためにあるんじゃなかっただろうか。

今日の朝日新聞の、衆院厚生労働委員会での社会保険庁改革関連法案に関する記事。
そこには(強行的に)採決をしようとする委員長を阻止すべく、4、5人の野党委員たちが彼の口を手でふさいでいる写真が載っている。
写真には正に、
「えーそれでは、本法案への採決をんぐふがっ」みたいな瞬間が捉えられているのである。

誤解しないでほしいのは、僕は年金をめぐる諸問題についてあれこれ言えるほど精通していないが、それでも十分に議論を尽くした上で法案を通してほしいと思っているし、意見を交わす議員さんたちが真摯に国や国民のことを考えてくれているのもそれなりに感じられてくる。
だが、それにしてはやってることが大人気なくはないかということだ。
僕は政治に詳しくはないので、もしかしたらそういった行為にはパフォーマンス的な側面で何か重大な効果があったり、または、「どうにも意見が通らなかったときの最終手段として委員長の口をふさげ」という伝統が歴代の議員さんたちの間で脈々と受け継がれているのかもしれない。それはわからない。

まあ、委員長の口をふさいだ野党議員さんたちも、そんなことで本当に採決が阻止できるとはおそらく思ってないだろう。しかしいくら強行採決だとしても、「これから何か発言しようとする人の、口を、ふさぐ」というのは冷静に考えてちょっとどうだろう。少なくともそんな行為に及ぶには、国会という場はあまり似つかわしくない気がする。
そのような行為はむしろ、
「あのねー、里美が好きな男子の名前はね……」
「も〜う、だめだったらぁ〜」
とか、
「いいか、声を出すんじゃないぞ、わかったな。逆らえば命はないものと思え」
みたいな状況でこそ効果を発揮すると僕は思っている。

しかし、やはりこれからも議員さんたちによるそういった「ちょっとどうだろう」的行為を、我々は度々目撃することになるのだろうし、そういった行為をたまには期待してみる人も少なからずいることと思う。
それならいっそのこと、もっとバリエーションを与えてみてはどうか。
数人で取り囲み、くすぐってみるとか。
「では、本法案への採決をとりゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
口をふさぐよりは実力行使の臭いがしない。とりあえずその場の空気は変えられる。
あるいは、自分の耳に手を当てたり離したりをすばやく繰り返しながら、
「うわああああああああああああああああ! 聞こえないもんねええええええ〜!」
大勢で実行すれば案外迫力があっていいかもしれない。
もしくは、床に寝転がってじたばたしながら、
「ひ〜ん! やだやだやだ〜! そんなのやだ〜! 買って買って買ってえええええ!」
最後の方は意味不明だが、これを見た未来の有権者達からは共感を得られるだろう。

なんてことを書いてるとふざけていると思われるかもしれないが、僕はけっこう真面目だ。
その点では、委員長の口をふさいだ野党議員さんたちと同じである。
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今現在、特筆すべきネタがないので、前々回の、どう考えても見落としようのないデカい柱に激突した話に続いて、もうひとつ過去にしでかした間抜けなエピソードを(そんな話ばかり書いても何の得にもならないのだが)。

舞台は体力勝負のような一面があり、運動量の多い芝居だと筋肉痛やら何やらと付き合いながら日々励んでいくことになるのだが、あるとき、脚の筋肉痛がひどかったので家の薬棚の中を探したところ、海外旅行のときにでも買ったのだろう、外国製の筋肉痛を和らげる薬が見つかった。
スポンジ式容器の液剤で、塗るとひんやりして気持ちがいい。早速、常用するようになった。
使い始めて、3、4日ほど経ったある日の開演前、いつものように薬を塗っていると、容器に書かれた文字がふと目に入った。

虫刺され用の薬だった。

書かれていた文字(英語で、しかも絵の類はいっさい載っていなかった)を一度もちゃんと読まずになぜだか筋肉疲労への薬だと思い込んでいた僕は、それを毎日、腿やふくらはぎ塗りこんで舞台に立っていたのだった。
そんな自分にびっくりした。思わず「ふぇっ!?」と声が出た。
「まあでも少なくとも虫には刺されずに済んだからいいか」などど軽口のひとつでも叩きたいところだったが、季節は真冬、ますます意味がない。
というか、どこの世界に虫刺され用の薬を塗ってから舞台に立つ役者がいるというのだ。野外劇でもない限りそんな必要性は全くない。
更に情けないのは、薬を使い始めてから、以前ほど脚にだるさを感じなくなっており、その効き目を実感していたことだった。

とどのつまり、多少の肉体疲労や怪我や体調の悪さなんて、集中を高めて気を張っていればあまり気にならないのである。
僕は過去に打撲や捻挫を抱えながら舞台をやったこともあったが、本番中はそれほど気にならないのが、芝居が終わって楽屋に戻ったとたん、いってぇぇぇぇ! となる。
うまく出来てるものである。

そういうゲンキンな生き物なのです、役者は(少なくとも私は)。
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北野武監督が羽織袴にちょんまげかつらの出で立ちで、カンヌ映画祭のレッドカーペットを歩いたという。
それってなんかすごくいいな、と思った。
カンヌ映画祭という権威ある場と、権威として扱われる自分を茶化してしまう羞恥心と、芸人ビートたけしとしてのアイデンティティーが感じられて。
そもそもこんな行為は、才能が認められていなければ到底できないわけだし。

何もあんな場でふざけてみせなくても、と眉をしかめる方もいるだろうが、僕は、凄いな、格好いいなあ、と思ったのでした。
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最近よく、携帯ゲーム機で遊びながら歩く人を見かける。自分にとってはいろいろな面で理解できない人たちである。
子どもならまだ話は分かる。のめりこんでしまうと、自分を律することがまだ難しい年齢だ。
しかし、どっからどうみても成人であることには何の疑いもない人が真剣な眼差しでゲーム機の画面とにらめっこしつつ、人の波をかいくぐっていくのは、並みならぬ意気込みを感じる。そもそも、いい大人が歩行中にまで行わねばならないほどのゲームとは一体どのようなものなのだろうか。
だってよそ見してたら危ないじゃない。
そう思ってしばらくその人の行く先を目で追ってみることもあるが、しかし、彼らの多くは躓いたり、人にぶつかったり、自転車に目の前で急ブレーキをかけられたり、ましてや車にはねられたりといった被害を受けない。周りの状況も一通り把握しているようである。
そんな人に対して僕は、感心し、ちょっと羨みもする。

場面変わって、彩の国さいたま芸術劇場の情報プラザ(建物の1階部で、ミニライヴなどが行われる場所でもある)は、吹き抜けを中心に円形の広場のようになっていて、大きな太い柱がその周囲を囲んでいる。
以前、そこでちょっとよそを見ながら歩いていたら、柱にかなりの勢いで激突した。
その場所に行ったことのある方なら分かっていただけると思うが、見落とそうにもなかなかむずかしい大きさの柱に気づかず直進し、顔面をぶつけたのである。
いやあびっくりしたやら痛かったやらだったが、何よりもそんなところでそんなものにぶつかってしまった自分に笑った。周りに人がいなかったのがせめてもの救いだった。
そんな体験を持つ僕にとって、上に挙げたような人たちは、特殊能力を持つに等しいのである。
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風邪をひいているなどして体調が悪くて、でもずっと寝てるのにもくたびれたので、何となく撮り溜めた映画でも観てようか、なんていう経験はあるだろうか。
調子が悪いのだからどんな映画を観てもそれほど楽しめはしないだろうが、僕の場合、そういう時に観てしまう映画のチョイスが悪い。
『2001年宇宙の旅』『イージー・ライダー』『未来世紀ブラジル』などを初めて観たのは、体調を崩して家で休んでいた時だった。
調子がいいときに観ても人によっては受け付けないようなものをなんでまたそんな状態で観るのか、と今ならいえるが、その時は、それが名作と呼ばれていること以外、詳しく知らなかったのである。

おかげで、それらの作品はしばらくの間、体調の悪かった時を思い起こさせる、不可解な映画として、自分の中に存在していた。
たとえば、『イージー・ライダー』は、『タンゴ・冬の終わりに』の稽古に入る前に、予習のためDVDで繰り返し観たが、高校時代に風邪で休んでいたときのことばかり思い起こさせられた。

で、いまは元気だし、稽古が始まったら時間もそんなになくなるだろうから、まだ観ていない過去の名作映画なんかをいろいろチェックしてます。
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先週、映画『バベル』を観た。感想は置いておくとして、マイケル・マローニーというイギリス人俳優がちらっと出演していたのを発見した。
役どころは、苛立ち暴力的になったブラッド・ピット演じる男に対して、落ち着けと言う観光客の一人で、しかも「あれ、ひょっとして今のマローニー?」くらいにしか出ていなかったのだが、エンドロールで名前を見つけ、やはり彼だったとわかった。
Jamesという役名がついていたから、本来はもっと出番があったのかもしれない。
マローニーは、彩の国シェイクスピア・シリーズ『リア王』でエドガーを、そして英国内でのみ上演された蜷川演出『ハムレット』ではタイトルロールを演じ、映画では『世にも憂鬱なハムレットたち』や『ハムレット』(共にケネス・ブラナー監督)などで存在感を発揮している、すごい俳優である。
英国版『ハムレット』の初日を観、終演後のパーティーにも出席させてもらっていたら、わざわざ挨拶に来てくれた。とても気さくな人だったのを覚えている。
『バベル』でも、もっと活躍が見たかったな。
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芥川比呂志エッセイ集『ハムレット役者』を読んで、50年ほど前の翻訳劇及びシェイクスピア劇の上演は、いまのそれとはかなり趣が違うことを改めて感じた。
オリジナルのものに近づけようとする意識が強かった、とでもいえばいいのだろうか。

例えば、次のようなくだりがある。
『ハムレットは黒いタイツを穿いている』
『「ハムレット」には、タイツ姿の人物が大勢出る』
やはりタイツ(しかもちゃんと黒)を穿いていたのである。それも大勢が。
もちろん知識として、かつてそういう衣裳で上演していた時代があったことはわかってはいたものの、それを実践した人の文章を読むと、何だかよりリアリティ(?)がある。
そういや、昔の翻訳劇の舞台写真を見ると、俳優の出で立ちが、ぱっと見には日本人とはわからないほど、メイクや衣裳やなんやかんやで徹底的に外国人になっている。
舞台装置も含め、いかにも外国っぽい。もちろん、それが古いモノクロ写真だからいくらか誤魔化されているんだろうけれど。

いま、シェイクスピア作品でタイツを穿き、いかにも「私は外国人なのです」みたいなヘアメイクを施して出て来たら、よほどの意図がない限りは、ふざけていると思われるんじゃないだろうか。
でも、そういった演出が主流、というか当たり前の時期が確かにあったのだし、そういう時代を経て、いまはもっといろんな格好をしても許されるようになったのだろう。
創る側も観る側も、許容度がかなり大きくなったということか。
それでもいまだに、自分のことをたとえばジョンとかハロルドとか名乗り、相手をステファニーとかクリスティーナとか呼ぶには、それなりのコツというか、乗り越えなければならない何かがつきまとうし、それを観劇する側にも同じことがいえると思うのだが。
そこが厄介でもあり面白いところでもある。

もちろん、このエッセイ集はそんなことだけが面白かったわけではなく、芥川氏の、演劇にかける情熱と知識欲の強さ、そして、世界レベルの演劇への憧れと、おそらくは自分もいつかそこへ行くんだという野心を抱きながら何度も海外へ赴き、芝居を観、様々な人と出会っていたことは、大きな刺激になりました。
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知人が舞台を観に来てくれて、「公演プログラムにちゃんと名前と写真が載っててすごいね!」とか言ってくれることがある。
チラシや公演プログラムに名前を載せていただけるのは、宣伝になるし、自分のことを知ってもらう機会だし、とても有難いことだ。
で、プログラムを買ってくれて、そういう風に言ってもらえて、こっちも嬉しいのだが、<いやでもこの場合、そのことよりも舞台上で芝居してたことの方が大事なんではないかい?>とか思ってしまう(なにせ終演直後なのだ)。
僕がひねくれてるのかなあ。

で、今更といえば今更のことですが、今度の『お気に召すまま』のチラシに僕の名前は載っていません。
チラシが完成した後に出演が決まったからです。まあこういうことはよくあります(なので、せめてもと思って、こうして再三ブログに書いているわけなのですが)。
でも最終的に大事なのは舞台上で芝居することなので。どうぞよろしく。
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先日テレビで、寺山修司の演劇活動を中心に、60年代後半から70年代前半にかけての騒乱の時代を振り返る番組をやっていた。
また昨日は、過去20年の社会、文化の移り変わりをテーマにしたバラエティを放送していた。

前者の番組を見て、何だか熱くて無鉄砲で無責任で今よりもずっと純粋で強いエネルギーを噴出させてた時代だよなあ、と改めて感じた。

蜷川幸雄演出作品に出演していると、学生運動盛んだった60年代末期〜70年代前半をモチーフにした戯曲や演出に度々出会うことになる。僕の場合、これまで日本の現代劇への出演が多かったこともある。
『真情あふるる軽薄さ2001』『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』『白夜の女騎士』『タンゴ・冬の終わりに』(系統は異なるが寺山修司作品でいえば『身毒丸』も。かつて天井桟敷のメンバーだった共演者の方から当時の話も聞かせてもらった)といった作品を通じて、当時の、テンションというか、感情のあり方みたいなものを多少なりとも感じられたと思っている。
がしかし、もし自分がその時代にいたら、完全に乗り遅れて置いてけぼりを食ってただろう。むしろ乗っかりたいとも思わないかもしれない。まあ、取り巻く状況が違えばわからないけど。

で、その後の時代から現在にかけては、なんだか異様に浮かれててくだらなくて、でも一応は進歩し豊かになっていて、次第に求心的なものを失いどんどん細分化されて曖昧さが増してきている印象を受けた。

僕は80年代後半から90年代の前半まで海外に住んでいたので、バブルの時期をよく知らない。
バブル期が終わる少し前の頃、久しぶりに数週間ほど日本で過ごしたときには、なんだか異様なまでのポジティヴ思考による浮かれ騒ぎと、世紀末だったこととかも関係あったのだろうか、刹那的な感覚、終末観が同居したような空気があって、何だか怖いと思った記憶がある。

今の時代だって数十年後に振り返ったら、さぞかし異様なものに映ることでしょう。
やはり、時代には流されたくはない。かといって傍観しているだけもつまらない。
流されるよりはむしろ流している(?)方がいい。
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