ちょっと待った!は通用しない 〜神保良介Blog〜

役者・神保が身のまわりのことやら自分に起こったことやら考えていることなどを書き綴った、その記録。

【出演・戯曲翻訳】
『ザ・モニュメント 記念碑』再演
18年1月20日〜21日 大阪/アプラたかいし 小ホール
18年1月25日〜28日 東京/プロト・シアター
18年2月3日〜4日 沖縄/ひめゆりピースホール

http://themonument14.webnode.jp/

映画『不都合な真実』は、その作品内容や温暖化の要因等には反論や異論もあるようだが、多くの人たちに警鐘を鳴らし、より多くの議論の場を生んだという点で評価すべき作品だと思う。
様々な利害関係や憶測はともあれ、地球の未来について各々が考え、やれるべきことをやるに越したことはないでしょう。

僕も省エネには自分なりに気をつけているつもりだ(前の倹約の話とも少々重なるが)。
たとえば暗くなっても、必要最小限の明かりしか点けないようにしている。
舞台をやるため暗闇に慣れているからかどうかはわからないが、家の中ならたとえ真っ暗でもけっこう何とかなる。
まあ、ごくたまに床に置いてあるものを蹴っ飛ばしたり、開いていると思ったドアに体当たりをかましたりすることもあるが。
昨日の夜も、横開きの戸が開いていると思って進んだら半開き状態だったようで、思いきりおでこをぶつけた。深夜の我が家にいい音が響いた。ちょっとだけ瘤になった。

と書いていて、そういえば以前、舞台の本番中に暗いところで扉に衝突したことを思い出した。『身毒丸』の、確か新潟公演だったと思う。
あの舞台は暗闇を効果的に使ったヴィジュアルが素晴らしく、僕も一度客席から観てみたいのだが、幕や壁のない舞台美術であるため、通常の芝居よりも舞台袖を暗くしていた。
で、楽屋廊下から舞台袖に向かうには、片方だけ開放されている両開きの扉を抜けるのだが、それが二重扉だと知らずに(或いは忘れていて)ひとつめの扉(廊下の壁同様、白色だった)を抜け、暗闇の中でふたつめの扉(こちらは黒だった)に、ばかーん! と顔面を激突させた。
目の上を少し切ってしまったのだが、血が垂れてくることはなかったし、僅かな切り傷や腫れなどまるで目立たせないようなメイクと衣裳(ぶつけた時はバレリーナの格好をしていた)だったので、問題なかった。
その後、制作さんには病院に連れて行ってもらうなど迷惑をかけた。ありがとうございました。
舞台をチェックするためその晩新潟入りした演出家にもこのことが伝わり、「馬鹿だな〜」と笑われた。
それもいまとなってはいい思い出である。

……あれ、じゃ結局、暗闇に弱いってことじゃないのか?

ところで僕は、オゾン層が再生に向かっているということをこれまで知らなかった。
オゾン層破壊について大きく取り上げられるようになったのは僕が小学生の頃からだったように思うのだが、それ以降フロンガスを規制するようになったのが功を奏し、現在は、まだまだ安心のできるレベルではないものの、少しずつ再生しているのだそうだ。
そういえばリサイクルはいまや当たり前のこととなった。
こういうことに対して安易に楽観視してはいけないが、改善していくこともあり得るのだ。ひとりひとりが意識するようになれば。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote

僕はけっこう節約家だ。いや、正確に言うと、いざというときお金を使えるよう、普段は出し惜しみしている。芝居を観るのはお金がかかるしね。

表で、ひとりで、昼ご飯、というときは、たいていコンビニで菓子パンを2つくらい買って、それで済ませていることが多い。
稽古場でもそうしていたら、「今日もパン?」「ホントにパンが好きなんだね」と言われ、「神保といえばパン、パンといえば神保」との評判を上げるまでに到ったが、菓子パンなのは好きだからというよりも、甘い物の方が手っ取り早くエネルギーになるから。

朝ごはん
だが、朝のシリアルは別。朝ご飯はシリアルのときが多いのだが、カルビーフルーツグラノーラに明治おいしい牛乳と決めている。
どちらも平均的なシリアルや牛乳の値段より高いものだが、この組み合わせだけはなぜか譲れない。だっておいしいんだもん。


ところで2年前から、芝居の稽古期間中に限って菓子パン生活をやめ、おにぎりを作っていくようになった。
稽古は通常約1ヶ月。毎日コンビニで昼ご飯を買うとけっこう馬鹿にならない金額になってしまうし、その間は、朝起きて昼から稽古で夜には帰る、という規則正しい生活になる。じゃあ毎朝お弁当を作っていこう、ということになったのである。
といっても、本当におにぎりだけ。なんのおかずもなし。しかも毎日。
なので、稽古が終盤に差し掛かる頃には、「さあお昼でも食べるか、って何だよ今日もおにぎりかよー!」とひとりボケツッコミを入れ始める。

おにぎりへの我慢が限界に達した頃に劇場に移り、公演が始まる。そうなると、おにぎりはおしまい。昼公演でも夜公演でも、コンビニや食料品街で何か買って食べる。
なぜ公演中にはお弁当を作らないのかというと、自分で作ったおにぎりには食欲が湧かないどころかもはや拒否反応を示すまでになっているということもあるが、それよりは気分的なものだと思う。
これからお客様の前で芝居をするのだから、手製のおにぎりとかじゃなくて、もっと景気よくいこうじゃないか! というやつだ。
まあ、それに加えて、舞台を観にいらした、いろいろな方々のお知り合いからの差し入れによって、いつにも増して充実する楽屋のケータリングを当てにしていなくもないんだけども。
ところで芝居の前の食事は、演る側のときも観る側のときも、按配が厄介だ。あまり食べてもよくないし、かといって食べないのも集中力が落ちてよくない。その日の体調や食欲も関係してくるし、難しい。たまに失敗しています。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote

高校で演劇部に入り、演劇の世界に初めて触れた頃は、とにかくいろんな芝居を観たいし、特にプロの芝居が創られる現場がどういうものなのか、すごく興味があった。
可能な限り劇場に足を運んだし、テレビで劇場中継や稽古場の様子やインタビューなんかがちょっとでも放送されるとなると、録画して繰り返し見ていた。

その中で、1997年の『身毒丸』ロンドン公演を密着取材した番組を深夜に放送していたのをたまたま見た。その公演は藤原竜也くんのデビュー作で、「すごいな、こういう人といつか一緒の舞台に立てたらいいな」と思ったのを覚えている。でもそれはただの妄想のようなものだった。
その番組は1998年の凱旋公演の宣伝も兼ねていたのだが、僕はその公演は観ていない。
それから4年後の2002年、『身毒丸』の再々演に僕は出演した。

また、「80年代演劇大全集」という、当時の様々な舞台の映像記録とその創り手たちのインタビューを流す深夜番組があって、よく見ていた。
1986年上演版の『タンゴ・冬の終わりに』が取り上げられた回も見ている(その放送も確か1998年だったと思う)。
当時の僕には難解な作品で、芝居の細かいところは忘れてしまったが、冒頭の幻の観客たちのシーンは強く印象に残っていた。大勢の若者が一斉にスローモーションになることも、バックに『蛹化の女』が流れていたこともちゃんと覚えている。
2006年、国内では20年ぶりとなる再演、僕はそのシーンでの観客の一人を演じた。

台本
昔テレビで見た舞台に自分が出ているのは何だか妙な感じだった。
別に運命と呼べるほど大層なことでもなければ、「目標達成」でも「夢は叶う」でもない。当時はまだ演劇界に入りたいとも入れるとも思っていなかった。
とどのつまりは、不思議な巡り合わせによってたまたまそういうことになっただけで、こういうことってあるんだなあ、という僕なりの体験である。

演劇はやはり生で観るべきものであり、映像にした舞台作品はあくまで副次的なものだと僕は思っているが、それでも、かつての僕がそうだったように、映像で作品を初見する人にも強い印象を残すこともある。そんな形での出会いもあっていいのかもしれない。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote

このページのトップヘ